この記事だけ、他の記事と性質が異なる。考察ではなく、この考察サイトを作った人間のスタンスの表明だ。
結論から言うと、作品としてのYの脚本や演出の出来については、手放しで褒められるとは思っていない。主人公であるジンペイの内面や過去の掘り下げはほぼなく、心理描写は省略され、見せ場を他のキャラに取られる場面も多い。ギャグ優先の構成でキャラクターが便利屋として扱われているように見える回もある。
それでもここまで考察を続けているのは、キャラクター単体の魅力とポテンシャルが、脚本の粗さを差し引いてもなお余りあるからだ。
ジンペイというキャラクターは、明示的な説明がほぼないにもかかわらず、描写の端々から一貫した人物像が浮かび上がってくる。それはおそらく、ライターが緻密に設計したというより、感覚的に積み上げた描写が結果として整合性を帯びてしまった部分が大きい。どちらにしても、読み解く側にとっては「空白を埋める余地がある」ということになる。
この考察サイトの内容は、その空白を埋める試みだ。公式で明言されていない部分も多く含むが、公式の描写と矛盾しない範囲での推測として提示している。「作者がそこまで考えていない」という反論は成立するが、それはこの考察の価値を否定するものではないと思っている。描かれた結果として読み手がそう受け取るなら、その読みは有効だ。
付け加えるなら、この考察はジンペイというキャラクターがライターの意図通りに精緻に設計された結果として成立しているとは思っていない。むしろ感覚的な積み上げが偶然、天然で狂気的なほど生々しい人物像を生み出してしまった、という見方に近い。その偶然の産物を読み解くのが楽しいというだけの話で、作品全体を持ち上げたいわけでも、楽しんでいる他のファンの邪魔をしたいわけでもない。
最後に一点だけ。ジンペイというキャラクターに長く向き合ってきた結果として言えることがある。ちゃんと描けば化けるキャラクターだ。素材のポテンシャルは本物だと思っている。