誰よりも自由に見える。
破天荒で、誰の言いなりにもならなくて、好きなように生きている。ジンペイはそういうキャラとして描かれているし、本人もそう思っている。でも少し引いて見ると、ジンペイほど深く何かに縛られているキャラはいない。
前の記事で書いたように、ジンペイの行動原理の根っこには父親の言葉がある。「強いものは弱いものを守るもの」。これを実行し続けることがジンペイの生き方になっている。ここまでは本人も自覚しているはずだ。父さんの言葉だと明言しているのだから。
他人を説得するとき、ジンペイの口調は少し変わる。演劇がかった言い回しになる、語彙が急に古典的になる。これは父親の言葉を意識的に参照しているからではないか、という見方ができる。「一番救いに適した言葉が父親のそれだ」と認識しているから使っている、という感じに近い。借り物だという感覚はおそらくある。でもそれを問題だとは思っていない。
問題は、その手前にある。
「ボイチャ禁止でお願いしたら草が生えてる」という歌詞が示すように、ジンペイには普段のキャラから離れたい瞬間がある。本音を言ったら笑われた、という経験もある。つまり「いつものジンペイ」が全部素ではないことに、本人も気づいている。
ただし本編中のジンペイは、その自覚をほぼ意識しなくて済む状況にいた。人助けが成功し続け、父親ロールが有効に機能し続ける、ある意味で恵まれた環境だったからだ。反射でやっていても全部うまくいく時期だった。
最終回付近でマタロウに「彼女が待ってるよ」とさらっと言ってのけるような、素に近い知性が漏れ出す瞬間がある。本編という特殊な時期が終わりかけたとき、少しずつ別の何かが顔を出し始めている。
異性への好みも、実は似たような構造を持つ可能性がある。ジンペイが年上の女性を好きになりやすいのは、前世のジバニャンが慕っていたエミちゃんへの感情が引き継がれているからだとされている。本人はそれを「自分の好み」だと思っているが、自覚のないまま前世の慕情に動かされている。
自分の意志で選んでいるつもりのものが、実は誰かの遺志や前世の感情だった。
ただしこれは責める話ではない。
ジンペイがそうなったのには理由がある。幼い頃に受け取った言葉と、その言葉を手放せない事情がある。父親の生き様を正しいものとして信じ続けることが、ジンペイにとっての均衡点になっている。それを崩すことは、今の自分ごと崩すことになりかねない。
だから深く考えそうになったとき、ジンペイは手前で止める。「そんなのどうでもいいや」と切り上げて、外に向かう。考えたら落ちることが分かっているから、考えを途中でシャットアウトする。それがいつの間にか習慣になっている。
本人は自由だと思っている。自由に生きているつもりでいる。でも自由に見える言動の全部が、どこかで父親の言葉に帰着する。誰よりも縛られているのに、縄の存在に気づいていない。
それがジンペイという人物の、たぶん一番深いところにある話だ。