記事14「Y学園へ行こう ── 歌詞から読むジンペイ像」

ED曲「Y学園へ行こう」は、映像・歌詞の口調・MVでのジンペイの扱いから見て、ジンペイ視点の曲として読むことができる。以下はその前提での考察だ。

まずサビの「ご理解無用」という歌詞が目を引く。理解されることを前提にしていない、というより、理解されないことをあらかじめ織り込んでいる。悲観ではなく、淡々とした既定事項として。

1番と2番に共通するパターンがある。何かを考える、または感じる描写があった直後に「だけど、そんなのどうでもいいや」と切り上げて「行こうぜ、みんな待っている」と外に向かう。内省を途中でシャットアウトして場に戻る、という構造が繰り返されている。

2番の歌詞はより具体的だ。「現実逃避の仮想世界にログイン必至」「ボイチャ禁止でお願いしたら草が生えてる」「そんなオレでも考えるんだ 明日の自分」という流れがある。

「ボイチャ禁止でお願いした」というのは、自分の本当の声を他人に聞かれたくない、という意味に読める。でもそれは冗談として笑われた。本音を出したら笑われた、という経験がここに描かれている。

しかも「考えるんだ」が先で「どうでもいいや」が後だ。考えた結果として切り上げているのではなく、考え始めたから切り上げている。考えたら落ちることがわかっているから、途中でやめる。

MVではジンペイがVRゴーグルをつけて顔を隠した状態で描かれる場面がある。顔が隠れて表情が見えない、現実から逃避している、口に詰められた「草(=冗談)」で本音が押し殺されている、という読み方ができる構図だ。

1番の「だけどそんなのどうでもいいや、もはや遥かに昔のことだろ」も、過去を切り捨てているように見えて、切り捨てないといけない何かがあることを示している。

全体を通じて、語り口は軽快でテンポがいい。でも内容を拾っていくと、理解されない前提で生きていること、本音を出せないこと、考えを途中で打ち切ること、が淡々と描かれている。

明るい曲調と歌詞の内容のギャップが、ジンペイそのものだ。