記事1「仮面と演技 ── ジンペイはなぜキャラを作るのか」

寺刃ジンペイは、明るくて破天荒で、よく喋る。一見すると「何も考えていない元気な子」に映る。でも公式の描写を積み上げていくと、少し印象が変わってくる。

言動の端々に、意図的に「見せ方を選んでいる」ような節がある。場をかき回す突拍子もない発言も、誰も本気で怒らないギリギリのライン。シリアスな空気への茶化しも、相手のペースを崩すタイミングの上手さも、「なんとなくそうなっている」というより、「そうした方が都合がいい」から選ばれているように見える。

本人にその自覚があるかどうかは別の話だ。おそらくない。「これが素だけど?」と本気で思っているはずで、だからこそ他人に「キャラ作ってるよね」と言われたら確実に否定する。でも自覚がないまま選ばれているとしたら、それはむしろ処世術として身体に染み込んだものなのかもしれない。

ひとつ手がかりになるのが、コマくんへの態度だ。ジンペイはコマくんに対してだけ、口調がやわらかくなる。現在の「いつものジンペイ」ではなく、もう少し幼くて素直な話し方になる。これは意識的に「変えている」というより、コマくんの前では「戻ってしまう」に近い。つまりいつもの口調のほうが、後から上書きされたものだという見方ができる。

では何のために上書きしたのか。

場の主導権を握るため、というのがひとつの答えとして見えてくる。ジンペイは自分から先に「変な奴」のポジションを取ることで、相手が詮索できる余地を潰している。奇妙な発言で相手の注意を引き、笑いで空気を作り、シリアスな方向に話が進もうとすると別の話題に切り替える。これを息をするようにやっている。

自分の本音に踏み込まれる前に、先手を打ち続けている。

ボケるのが好きだから、というのも本当だろう。でもそれだけではない。場を和ませたいという気持ちもある。相手に構ってもらいたいという気持ちもある。そういういくつかの動機が重なった結果として、「あのキャラ」が出力されている。

だから「演じている」とも「素のまま」とも言い切れない。どちらも正しくて、どちらも正確ではない。